2009年6月19日 (金)

脳死臓器移植問題に思う事

「脳死は人の死」衆議院で15歳以下の脳死臓器移植を認める決議が採択し

た。参議院でどうなるかは分からないが、何が問題なのかよく分からない。宗教

上の問題や現実的に脳死状態の子を抱える親としての切実な思い。命の尊厳

など分からないでも無いが、「死」=御臨終です。と云っている訳では無く、あく

まで本人の意思。又、親族の意思が「そうして欲しい」と云う前提論なのに、な

にを戸惑う事があるのか?いつまでも植物状態の子に対して全ての人間がそ

れでも、身体が生きている限り。その状況を受容し見守って行きたいと考えてい

ると云う人ばかりでは無い。口には出さなくても金銭的な問題や心労から「早く

逝ってくれた方が・・・」と、思考する事はむしろ人間としての本音としても、それ

を非難する事は誰にも出来ない。出来るのは当事者親族の心の中だけであ

る。人間死んでしまえば全てが灰になり土へと帰る。「脳死」を宣告されれば、ど

うか全ての臓器を必要としている人に当たり外れはあれども使えるものならば

使って欲しいと願っている人達の良心・願いをわざわざ踏みにじる事にすらな

る。自身は無念にも死んで行く。が、せめて後世に何か僅かながらでも役立つ

ことがしたい。汚れの無い自己満足を尊重してあげることに、何の意義を挟む

余地があるのか。そうして人間同士が助け合うことが、人間としての素晴らしい

文化であると云うことを、置き去りにして。「古き良き時代」「最近は思いやりに

欠ける希薄な人間関係」が社会的問題提起されている昨今にあってこんなに美

しい愛情溢れる行為にオレは多いに賛同する。

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2009年5月24日 (日)

大関日馬富士の初優勝に思う事

御無沙汰しております。5月病と闘いながら、忙しさにかまけて久し振りの更新です。

Harumahuji

大関昇格から3場所目で初優勝を決めた日馬富士。優勝を賭けて千秋楽に三つ巴の戦いに、オレの様なあまり相撲に執着が無い者でも、興味をそそられる大舞台。やはりこう云う状況になれば、誰のファンであるとか無いとかは別として。日馬富士が優勝することがスポーツ観戦をしている者に取っては一番感動的であろう。

一時、八百長問題がリアルに報道されて。それが裁判にまで発展する様な事をした奴等はしっかり罰を受けて裁判所からの判決に沿って慰謝料を払って償え。相撲に熱狂し感動する人達は、その裏側を知りたないなんて事は爪の先程も思っては居ない。唯、好きなスポーツを観て「ハラハラワクワク」しながら、息を呑んでTVに噛り付き。その結果に歓喜する。その瞬間だけであっても、日常のストレスから解消される。ありきたりな言葉で表現するならば、夢を与えてもらっているのだ。そんな一過性の小さな瞬間をも、下らぬ現実を声高に叫んで誰が得をするのか?結果、安物のフリーライターと週刊誌の売上げを伸ばす、金の亡者達だけの利益追求の為だけである。

相撲に限らず、どんな事でもいい。八百長でもインチキでも。そんな事は関係無い。皆が笑い、泣き感動をする。そんな単純な事が時折ある事に人は生きていられるのだろう。

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2009年5月15日 (金)

自己改革

ここ3~4年かな?過去からの脱却を志している。それは、少年期から人生の大半を「暴力」と「捨身」から培われた反社会的地位の力を背景に生きて来た垢をそぎ落とす様に心掛けるべく、精進しているのだが・・・。もっと安易に捉えていたが、なかなかこれが難しいのである。

上京して来た、当初はハングリー精神だけで生き残りに邁進して来た為。「捨身」でことにあたり。不条理な事の連続に、怒りを爆発させなんとか乗り切って来たが。理不尽極まり無いことに関しても暴言を吐き。開き直られると、怒りに打ち震えて感情の赴くまま。相手のところへ1人で乗り込み大立ち回りを演じて、初めてこちらの正当性を認めさせて来た。

そんな事の繰り返しの中で。一応、生活に安定が見え始めた頃から、法律論で仕事をする様になって来た時、おのずと暴力的な言動を抑えなければ生きて行けなくなり、自己改革に挑戦しているのだが・・・。矛盾や理不尽なことに正攻法で対応すると、相手は益々調子に乗り挑発までして来る始末。それを腹の中で笑える様になれば一人前なのでしょうが。まだまだ笑えないんですよねこれが。「コラコラ、誰にモノ云うてんるんじゃ?」が、気持ちの中で暴れ回り、それを抑えることで今は身体中ストレスの塊ですよ。未だ嫌味を云われるくらいならともかく、汚い裏切り方をされるは、喧嘩売られた日にゃ1日中。不愉快な思いで安定剤の量は増えるは、酒の量は倍増。血圧と血糖値が上がる。

サラリーマンの方って、こんな事に耐え忍び生きているかと思うと。本当に尊敬します。オレが自己改革に成功する日まで生きていられるのかな?

あ~ぁ、しんど。出家でもしよかな。

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2009年5月12日 (火)

小室哲哉氏がもう復帰するって

丁半博打の様な実刑か執行猶予か?刑務所の塀の上を目隠しで歩いて居た様な裁判で、裁判官の当たりがよかったのか、弁護士がよかったのか知らないがそんなギリギリの裁判で何とか、執行猶予判決を貰った小室哲哉氏。執行猶予判決なんて本人にとっては「無罪」みたいなものだが、社会的には有罪判決であり。犯行事態も「5億円の巨額詐欺事件」そこには被害者も存在する立派な「犯罪」である。検察の求刑5年も裁判官に「猶予か実刑かは任せます」と云う求刑だったんでしょう。もしも求刑が6年だったら、おそらく執行猶予は無かったはず。

猶予か実刑かの結論にケチを付ける気は更々無いが、世論はこの事件が猶予か実刑かの争点にばかり目が向き過ぎて、論点がすり替わっているんじゃないか?執行猶予判決が出たからって、無罪放免になった様にもう復帰するって・・・。それは、チョット甘いんじゃないのか?せめて、猶予期間中は裏方に徹して表舞台に出て来るのは時期尚早でしょ。SMAPの草彅クンが訳の分からん罪で逮捕されて、未だに謹慎中だし。同じ、SMAPの稲垣吾郎も何年か前に、公務執行妨害かなんかで捕まった時でもかなりの間謹慎してたでしょ。こんな程度の事件とは全く性質が違うし、今回の事件の被害者は未だに小室哲哉氏を許してはいない。

な~んかみんなチョット甘やかしすぎじゃ無いのか?

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2009年5月11日 (月)

小室哲哉に執行猶予判決

今日、大阪地裁で5億円の詐欺事件で逮捕起訴されていた、小室哲哉氏に執行猶予判決が出た。オレの予想は見事にはずれました。正直、今回の予想には自信があったので「執行猶予判決」と聞いた時、「え~~~なんじゃい・・」と、少し悔しい気持ちになった。この感情は「予想が外れた」と云うだけの事で、そこにはなんの哲学も理念も無い。唯の野次馬根性だけである。もしもオレが小室哲哉氏と仲のいい友人だったとすれば、万歳三唱でもしているかも知れないし。未だ和解の出来て居ない被害者側の近親者だったとすれば「なんじゃ!こんな判決!」となるんだろう。このブログで何度となくオレは「他人事」と云う表現を使うが真さにその通りである。小室哲哉氏が刑務所へ収監されようが、執行猶予判決を貰おうがオレの生活には何等不具合は無い。

敢えてひとつだけ云わせてもらうならば、ホリエモンが実刑で小室哲哉が執行猶予と云うところに何か違和感は感じる。刑務所と娑婆では天と地ほどの違いがある。互いに時代の寵児と崇められ栄華を極めた両者の命運はどう云う物指しで測られているのだろうか?

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2009年5月10日 (日)

余命一ヶ月の花嫁

映画「余命一ヶ月の花嫁」の上映に向けてTVスポットで番宣を観た時に、正直「ありきたりなお涙頂戴か」と、気にも止めていなかった。しかし、今日朝から「サンデージャポン」で、番宣を兼ねてこの映画のモデルになった本人や家族のドキュメントが編集されているのを観て色々と考えさせられた。

人はいずれ死ぬ。普遍的万物の法則である「死にゆく者」「残された者」の関係はそれぞれ、その時の環境と状況で大きく違いはあるものの。この映画の様に余りにも若すぎ、眼前の幸せと現状の不幸。女性に取って一度は誰もが夢見るウエディングドレスを纏う最愛の人との結婚。一方は約束された「死」

「残される者」の辛さは「告知」を避けた。当然であろう。生きたいと願う者に告知する意味はどこにも無い。それが「残される者」の使命であろう。「告知」に関しては、賛否両論様々な意見があるだろう。しかしそれは一つ間違えればとんでもない事になる。オレの様な人間は絶対に告知して欲しいのだが、根本的にこの物語の方達とは品質が違う。

何も無い時に、「もしも、余命宣告があった場合どっちがいい?」と、元気なうちにそれとなく聞いて置くことも大事な事ですよ。

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2009年5月 4日 (月)

僕の好きな先生

急逝した。忌野清志朗さんを悼むニュースが大賑わいの中。彼がまだ、フォークを唄って居る頃に発表した「僕の好きな先生」のモデルになった、恩師が杖をつきながら弔問に来ている姿に、哀愁を感じる。思えばオレが小学3~4年の頃、体育が得意な担任の大好きな先生が居た。孤児院から学校へ通って来ると云う、ひねくれ者の転校生がその先生に食ってかかった時もオレはそいつに飛びかかって、殴り合いを演じたこともあった程、好きな先生だった。当然、先生もオレには特別な感情を持ってくれて居るに違い無いと、疑わなかった。ある日、なんて云われたかはハッキリ覚えていないが。間違い無くオレの事に全く関心など無いと、子供心に確信するほどの言葉がオレの胸に突き刺さった。その時オレは「イヤイヤ、先生はそんな意味で云うてるんちゃうヨ。唯、怒られただけやん」と自分に言い聞かせた。それから、直ぐに5年生になり組変えが有り担任も変わり、その先生との接点もほとんど無くなった。たまに廊下ですれ違ってもオレの求めるリアクションは無かった。

そして、小学校を卒業してから同級生達何人かでその先生の自宅に遊びに行く、イベントの様なものを主催してオレも誘われたので、喜んで出かけたのだが。その時、ようやく互いの思い入れの相違を確信した。久し振りに会うオレを特別扱いしてくれると信じて止まなかった思いは無残にも砕け散った。特別扱いどころか、ほとんど話もしてくれなかった。

その後、中学生になった時にも同じ様な事があった。それは同窓会でその先生に会った時に「先生オレの事覚えてる?」と、聞かなければならない程のものだった。小学5年の時に児童会会長立候補を同級生達にケツを掻かれて立会演説会を経てブッチギリのトップ当選した時にも、教師達のオレに対する観る目はあからさまだった。まぁ、それは終始バカ話で当選したのだから仕方無いにせよ。今、思うと子供の頃から教師に対しても可愛げの無いひねくれ者だったのかも知れない。

オレ達の様な不良にも、1人ぐらいは「あの先生どうしてはるのかな?」と、たまに思い出す恩師が居てしかるべしだろうが、オレにはそんな人はどこにも居ない。子供の頃から、大人の目には「ひねくれた可愛げの無い子供」と映っていたのだろう。本人はそんな意識は全く無いのに・・・。しかし、現実はきっとそうだったのであろう。

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2009年5月 3日 (日)

夜空の誓い 忌野清志朗

RCサクセションの忌野清志朗さんが昨日亡くなったそうな。オレにとっては特別思い入れのあるアーティストではなかったが、デビュー曲かどうかはハッキリしないが♪どういたんだいHEYHEYBEBY!バッテッリーはビンビンだぜ!♪なんと云うタイトルかはチョット思いだせないが、この曲には当時20前後のオレには「なんと過激な曲」と云う印象を鮮烈に感じた記憶がある。日本ロックの在り方を変えた、どこかでブルース調にも感じる新しい分野を開拓した先駆者だった人だったのかなってオレ個人はそんな感覚のアーティストだった様に思う。ブルースは好きだったが、忌野清志朗さん達と同じ頃のデビューだったかな?「憂歌団」がブルースの代表格だったので、どちらかと云うと憂歌団の木村さんの方がオレには性が合って居て、「ライブにも行ったなぁ」って、思いだす。

それよりも、忌野清志朗さんが。当時24~5歳だった坂本冬美ちゃんのこぶしに惚れたと云って、Y・M・Oの細野晴臣さんと3人で学生服とセーラー服に身を包み「夜空の誓い」と云う曲を出した。もう20年近く前の話だが、当時坂本冬美ちゃんの隠れファンだったオレが。天才的アーティストの忌野清志朗さんと細野晴臣さんが演歌歌手の坂本冬美ちゃんを認めたことの喜びとこの曲は然程、売れなかった様だが、オレは未だに大好きな1曲である。それから忌野清志朗と云うアーティストに関心を持ち始め。どれだけ凄い才能があるのか、興味を持って観ていたので。今回の訃報に際しては少しショックだった。享年58歳、若いのかそんなものなのか、それぞれの価値観はあるだろうが。いずれにせよ心からご冥福を祈りたい。

「夜空の誓い」YouTubeやニコニコ動画でUPされているので、よかったら見て下さい。

合掌

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2009年5月 2日 (土)

豚インフルエンザの政府の対応と国民意識

世界中で猛威を奮う、豚インフルエンザに対して日本政府は、過剰過ぎる程の対応を取っている。9・11テロの時よりも遥かに頑張った迅速な対応をしている事は、昨今の危機管理意識の低さから思うと評価すべきだろう。しかし、色の無いウイルスだけに日本上陸も時間の問題だろうが。それに引き換え国民の意識の低さと云うかなんと云うか。発祥地のメキシコ行きはさすがに避けてはいるが、このGWにどんどん海外へと出国している。せっかく日本にはなんとか上陸していなのに、何を危ないところへワザワザ行く事があるのか訳が分からん。土産代わりにこのウイルスを持って帰って来やがったら承知せんぞ。

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2009年4月29日 (水)

絶対に勝てないもの

昨日、1年ぶりに行った検査の結果を聞きにひとりで病院へ行って来ました。予約なしの受診だったので、相当な混雑を予測して本を2冊持って出かけたのだが、予想通りの満員御礼で「2時間は覚悟せないかんな・・・」と思いながら、本を出して10P程読んだところで、斜め前に座っていた元気なおじいさん同士の会話が耳に入って来た。この2人の老人は何やら、たまたま隣り合わせに座った初対面の様子で、先ず「大変失礼な事をお伺いしますが何年生まれですか?」「私は大正13年です」ん・・。大正13年と云うことは、御年85歳だ。肌艶からみてもとてもそんなお年には見えない。「でしたら、戦地には?」「ああ、行きましたよ」「内地ですか?外地ですか?」「私はですね、北朝鮮の平壌あたりをウロウロとしていましたよ、ソ連が侵攻してきてからですね」と、笑いながら云う。そこから意気投合したのか。戦争談義に花が咲き出し、ガダルカナル島やらB29にグラマン戦闘機や中島飛行隊。鉄砲の弾にあたるよりも、喉の渇きに苦労し我慢出来ずに雨水を飲んで、チフスにかかり多くの戦友を亡くしたなどと、聞き覚えのある言葉の応酬に、オレはずっと聞きいっていた。

ごく普通のおじいちゃんが現代文明と融合し、ゆっくり老後を満喫していそうな風体ではあっても、本物同士の戦争体験談は、ただの雑談であれども書物のそれを十分に超越している。涙ぐみながらでも無く、恨み節でもなく自慢でも無い。病院の待ち合わせ室での退屈しのぎでの、雑談である。「終戦の8月15日の半年前に伊豆に移動になり、グラマン戦闘機が水面ギリギリのところからやって来て、機銃弾を連射された時にはさすがに驚いて私はなんとか助かったけれどもその時が一番多くの戦友が目の前でやられちゃいましたですよ」「だから私はかかさず靖国神社に参拝して亡くなった戦友達に手を合わせて居ますよ」

そんな話の途中に、お一人の方が診察室に呼ばれ話は終わった。その後、何事も無かったかの様に、気の強そうなこれまたお元気な奥さんと合流した時は、普通のおじいちゃんに戻って居た。

こんな体験をサラっと雑談の中で懐かしそうに話せるのは、命の危険に晒され続け極限の体験を達観しているからこそなんだろう。オレ如きの武勇伝など、この人達にとっては幼稚園のかけっこで転んで膝を擦り剥いた程度のものでしかない事を痛感すると共に恥ずかしさすら覚えた。それが、どこにでもある、病院の待合室での風景のひとコマだった。

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2009年4月24日 (金)

小室哲哉氏に求刑5年に執行猶予判決はあるか?

とうとう、被害者との示談は取れずに結審し、検察側求刑が5年となった。執行猶予判決の上限が懲役3年執行猶予5年。と、云う事を鑑見ると実刑3年6月程度に傾いて来た様な気配だ。通例として、情状酌量の余地が無い場合「にぎり」と云って、求刑通りの判決が出たり。又、実刑であると求刑の8割。(今回の場合懲役4年)で、比較的高い量刑と云われる。求刑の7割(懲役3年6月)であると、喜ばなければならないとされている。今回、猶予判決を取るには求刑の6割まで、酌量して貰わなければならないが。6割迄酌量する場合には、その代わりに実刑判決になるケースが多い。この求刑から猶予判決を取るとすれば、求刑に対して、実質4割~5割の酌量が必要になる。例えて云うならば、求刑20年に対して判決が10年とか8年にまで酌量される事と同じで、そう云う観点から想像すると、実刑止む無しか・・・。

情状面で云うと

①犯行を認め反省している②被害弁償をしている③釈放後の受け皿が、KEIKO夫人やエーベックスの松浦社長がバックアップを法廷で約束している。④ファンや音楽関係者からの嘆願書が出ている。

ここだけを見ると、執行猶予判決でもいいんじゃ?とは思うが。いかんせん法廷戦術の中で執行猶予判決を獲得する為にだけなのが丸見えになってしまっている事が、せっかくの酌量余地に水を差しているかも知れない。

5億もの詐欺を働き、又、それ以外に18億の詐取計画があった事も露呈して、被害弁償をすれば、執行猶予判決が貰えるのかが焦点になって来るだろう。裁判官が小室氏を促して、法廷で初めて被害者に謝らせた事で、「優しい裁判官」の様に映るだろうが。こう云った裁判官ほど、厳しい判決を出すことは法曹界では密かに囁かれている周知の事実でもある。1審で実刑でも時間をかけて控訴審で被害者から示談を取って、嘆願書でも入れて貰えばひっくり返る可能性も捨てきれないがね。

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2009年4月23日 (木)

草彅剛 Ⅱ

今日の昼過ぎ。SMAPの草彅剛くんが酔って裸で騒いだと云うニュースに、逮捕された事だけでも驚いて居て、夕方には釈放されると思っていた。で、用事が終わって帰って来てTVを見ると草彅くんの自宅に迄「ガサ」を入れて、結果押収物は無し。で、今日も勾留されるってなんじゃそりゃ。チョットやり過ぎでしょ?いったい何をしたと云うのか。その昔、プロ野球選手が幼児の前で、チンコを見せて捕まった事件があったがそんな事件と全く持って性質が違う。普通なら、泥酔者専用の留置所内の通称「トラ箱」へ一晩泊めて翌日釈放が通例である。「裸になって何が悪い」と云って、パトカーに乗せられる時に足をバタバタさせただけで、公務執行妨害にもなっていないのに、全くもってこの騒ぎの意味が分からん。赤井英和さんなんか、酔ったらスナックのカウンターの上でウンコするらしいのに、そんな事から考えると酔って真っ暗な公園で大声を出した程度なんか、チンコ事件やウンコ事件とは比較にもならない。

ジャニーズ事務所の経営陣交代計画にSMAPの存在が邪魔にでもなったのか?と、何かの策略かと思いたくなるほどの大騒ぎである。

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草彅くん

もう堪忍したりや・・・。充分、社会的制裁は受けてるがな。鳩山大臣が「絶対許さん」って云ってたが、政治家がそれ云うなよ。

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清水由貴子さんの自殺について思う事

「元タレントの清水由貴子さんが自殺」の新聞報道やワイドショーを最初見た時に然程、驚きはしなかった。清水由貴子さんはデビュー当時から知っているが、あまり興味がなかったのと、近年の「自殺」と云う社会現象化している日本の環境やオレ個人の知人:友人:親族の自死を何十人と見て来て、それを身体で感じて来た免疫がある種の「慣れ」の様なものが知らないうちにオレの潜在意識の中に植えつて居るのかも知れない。

「死」それも自らそれを実行するには、とてつもないエネルギーを要するであろう。そこには、自身の「生」に対する歴史への未練や、死後への「恐怖」。死に至るまでの「苦しみ、痛み」を全て受け入れなければならない。自死を受容し実行する時に、果たして正常な精神状態で出来るのだろうか?オレも自殺願望の様なものは今も払拭出来ていないが、ギリギリ客観的な自分がどこかで冷静に見て居るから、こんな事を平気で書けるのだろう。本気の人間はこんな事は公表しない。「死んでやる!」と云って死んだ奴はあまり記憶にないし。「殺すぞ!」と云って、殺した奴もあまり知らない。本気の奴は死ぬも殺すも黙ってその行為に及ぶ。

いずれにせよ、そんなエネルーギーを越えた苦しみがあったのだろう。「生と死」どちらが楽か?究極の二択に死の方を選択したことには、それはそれで仕方無いんじゃないだろうか?それとも死よりも苦しいことを続けて行くことに対して何か良策や援助があるのだろうか?同情や説教は何の意味も無い。それよりも介護の本当の現実を長門夫妻の様な美談で片付けて欲しくは無い。

ご冥福をお祈り致します。

合掌

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2009年4月22日 (水)

和歌山ヒ素混入事件林真須美判決に思うこと

ひょっとすれば、無罪判決が出るかも。と、思いながら関心を持ってこの判決を待っていた。結果、判決は死刑。まぁ、当然と云えば当然だろうけど何かこうしっくり来ない。動機が解明されていないとか、状況証拠だけだからと云うそんな事はどうでもいい。動機なんてその本人しか分からないし、本当のところ本人自身も「これっ」て云う原因は特段無いのかも知れないいわゆる愉快犯で片付ければいいだろう。こんなアホな事をする奴の動機や原因なんて分かったところで到底理解なんて出来ないし。下手に分かれば余計に被害者感情を逆なでするだけである。

ここまでは、オレ自身も林真須美が実行犯で間違い無いだろう。とマスコミ報道等で刷り込まれた主観である。

唯、司法の判断はあくまで裁判所側の理屈であり、それが絶対的である現行法と絶対では無い現実との矛盾の中でこれから先、裁判員制度が出来たとて、この矛盾を払拭出来るとは到底考え難い。この林真須美被告の例で行くと、99.999%犯人であると云う観点から死刑判決が出ている。100%では無い。だって本人が「やって無い」って云っているだけでも100%では無い。後、ヒ素に関しても「ほぼ同一」あくまで、「ほぼ」である。しかるに、林真須美被告は「ほぼ犯人」なのだ。「ほぼ:概ね:おそらく」の類で死刑は如何なものか・・・?今回の事件は死者が4人も出ている事と状況証拠が膨大であった事から、「無罪」を言い渡すのは相当なエネルギーが必要なのはわかるが・・・。

マスコミも被害者感情を考慮して、この判決の矛盾点に関しては判決前よりもかなりトーンダウンしている事は一目瞭然。しかし客観的にみるならばこの判決は「無罪」とするべきだと思う。世の中には恐ろしい程の偶然が存在する事と、近所の嫌われ者だった林真須美被告に対する目撃者の色メガネにどこまで信憑性があるのか?もしも99・999%の中の1%に該当する可能性を置き去りにしたまま。死刑が執行された後に万が一真犯人が出てくれば、誰がどう責任を取るのか?死刑判決を出した裁判官に刑事責任を負わせるぐらいの法整備をしないと、今度は林真須美被告の遺族や死刑廃止論者達の反撃は死刑廃止に迄進んで行くかもヨ。

因みにこう云った問題はいつ自分に振りかかって来るかも知れない事を決して忘れてはいけない。その昔、連続強姦魔が近所で続発した時の犯人の似顔絵がオレの友達そっくりだった事で、警察に何度も任意同行されて暫く尾行されていた事を思い出すと、ぞっとするよ。

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2009年4月20日 (月)

北野誠の芸能界追放について思うこと

北野誠が芸能界を事実上追放された原因について、あれこれと噂が飛び交っている。やれ宗教団体の圧力やら、大手芸能事務所の事を暴露したとか。そんな事よりオレは何故、北野誠と云うタレントが今迄、消えずにいたかの方が不思議でならない。これと云って面白い事を云うわけでも無く。物知り顔で政治経済を語っている時にも新聞記事をそのまま言葉に変えているだけで、オレは彼の云うコメントに一度も「ほ~そう云う見方もあるか・・」と感じた記憶が無い。面白い事も斬新な事も云えないから、深夜のラジオあたりで他人のプライバシーを暴露するしか能が無く。結果、調子に乗り過ぎて誰かの逆鱗に触れたのであろう。己の身の丈に合ったところで仕事をしなきゃ、複雑なこの社会構造の中では生きられない。「言論の自由」なんて事は、唯の憲法の一文でしかなく。現実にいらん事を云うと名誉棄損なんて矛盾した法律も有る。当然、「暗黙の圧力」もそこら辺にゴロゴロしている事もメディアで生きているなら分かりそうなものだがね。何を云っても許されるのは立川談志ぐらいのもので、談志師匠でもテレビやラジオでは「ピー」がちゃんと入るし、危ないからTVもあまり使わない。北野誠の場合は中途半端だからスタッフも気を抜いてOAに乗せたのであろう。

いずれにせよ彼の今後がどうなろうが、オレの人生には一切関係無いのでどうでもエエワ。

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2009年4月15日 (水)

痴漢冤罪事件に最高裁が無罪判決

痴漢冤罪事件で1審で実刑1年2ヶ月控訴審でも1審判決を支持し控訴棄却。無理を承知で上告し、最高裁で逆転無罪判決が出た。普通一般的には最高裁が判決を翻す場合、1審に差し戻して審理のやり直しを命じるのが多い中。最高裁判所の裁判官自ら、無罪判決を言い渡した。刑事事件のそれも「痴漢冤罪事件」での逆転無罪はオレの記憶だけの中なら始めてじゃないかな?(チョット調べりゃ分かるのだがね・・・)

実は4~5年前に頼まれて「痴漢冤罪事件」を6人の弁護団と一緒に戦った事がある。詳細は長いので省略するが、映画の「それでも僕はやっていない」の上映前だったが、この映画と同じで、ビックリする程の茶番裁判。オレは控訴審から関わったのだが、新証拠は一応、体裁で採用してくれるのだが、検察官は何の書類も持たずに目を瞑って下を向いたまま。向かって右側の裁判官はお決まりの居眠り。弁護士が代わり代わりに、最終弁論をするが、3人目くらいの弁護士が話出すと裁判長が「その話長いですか?」「時間が無いので簡略に」被告の尊厳と名誉。もっと云うと人生がかかっていることの認識が全く無い。まるで「何を云っても判決は決まっているのだから」と、云わんばかりの態度。関わって検証しているオレ達が100%無罪だと確信しているし絶対に有罪とは云わせない証拠も揃っているにも関わらず・・・。結果、判決は書くまでも無いだろう。

この「痴漢冤罪事件」が社会問題化している事と、裁判員制度を睨んでの画期的な判決だろうが、勇気のある裁判官に拍手を送りたい。

しかし・・・。この被害者と称する女性は、無罪判決になれば損害賠償請求はされないのかね?後、名誉棄損とか・・・。その辺の法律はよく知らないが、もしもそんな逆襲が出来るのであれば、本当の変態と出くわした場合どうすればいいのか?まだまだ、難しい問題が残る。

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2009年4月14日 (火)

井岡一翔 国重隆 小松則幸 明と暗

土:日:月曜日とボクシング漬けの3日間だった。土曜日から大阪に入り。昨年もこのブログで紹介した井岡一翔のデビュー戦を観戦。デビュー戦でメインを張り会場は1万人収容の大阪府立体育館の第一競技場。ボクシング界では注目の新星だが、正直第一競技場はチョット井岡氏も無茶じゃないかな?って思ったが、概ね7~8割が埋まった。いくらアマチュアで100戦以上して8冠の実績を持っていても、控え室では若干の緊張が伺えたがゴングが鳴るといつもの一翔の華麗なボクシング。3R28秒で左フック一閃。後は連打で青コーナーからタオルが投げられるのと同時にレフェリーが割って入ってTKO勝ち。相手選手は目の上11針を縫う怪我。

打ち上げに同行してホテルに戻ったのが午前3時半。二日酔いのまま新幹線に乗り一路東京へ戻りそのまま、大阪帝拳ジムの国重隆選手の日本タイトル戦を観戦の為に後楽園ホールへ入ると亀田大毅VSグリーンツダジムの小松則幸選手の対戦ポスターに目が止まり。「へ~亀田と小松がやるんや・・」そんな事を思いながら控え室に寄ってから会場へ入ったらこちらも立ち見が出るほどの超満員。こちらは、なんだかバッティングとクリンチばかりで些かストレスの残る内容。結果日本チャンピオン嘉陽選手の負傷で8Rドクターストップ判定へ。おかしげなドロー判定で、嘉陽選手の防衛。そのまま国重選手の控え室へ行くと。なんだか雰囲気がおかしい。さっき観たばかりのポスターの小松則幸選手が亀田との試合に向け精神修行の為に滝に打たれに入ったところで、そのまま川に飲まれて亡くなったらしい。一同が一瞬、言葉を失いその現実を直ぐには受け入れられないなんとも云えない雰囲気の中、時間と共にどうする事も出来ない現実を受け入れだした。

滝には魔物が住むとも云う。小松選手の行動が安易だったと片付けるのは簡単だが、いずれにせよ目の前の目的に向かって、頑張った代償にしては少し大きすぎた。オカルトチックに云うならば、その魔物かお化けか知らないけれどもそれに引っ張られたのか。はたまた運命に従ったのか・・?「運命」と片付ける方が関係者にとっては楽チンなのだろうが。オレは小松選手と直接話した事はないが、命の儚さに悲哀を感じると共に3日間ボクシング関係者と共に過ごして居た事もあって、勝者と敗者の明と暗がこんなにも大きく感じたのは初めての経験であった。

小松則幸選手の冥福を心からお祈り致します。

合掌

168811_c185 生前の小松則幸選手とスパーリングする一翔

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2009年4月10日 (金)

分かっていること・・

世の中は不条理なもので理不尽極まり無く無常であることは、言葉と理屈では十分理解している。このことをこのブログの中で何度も書いてきたし又、他者にもそう云い続けて来た。かと云ってそれを全て受け入れてどんな仕打ちにも耐えれるのか?と問われれば、NOである。しかし受け入れなければならない現実が感情の中で、のた打ち回り。自分ひとりの力では抑えきれない。他人事なのに何故ここまで苛立つのか?苛立っている時点でもう他人事では無く、己の感情を満足させたいだけなのだろう。だらしないエゴにしか過ぎない。分かってはいることだが、頭と感情のバランスが狂っているようだ。しまいにはこの怒りを共感してくれない人間にすら苛立ってしまっている愚かな己をこれを書く事によって、解放しようとしているレベルの低さをどこかの己が嘲笑う。久し振りに身体中の血がてっぺんに登ってしまった今週だった。

湧伊駿介

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天皇皇后両陛下成婚50周年を観て

上品夫婦世界選手権があるとしたら、間違いなしに天皇皇后両陛下が優勝でしょう。まぁ、上品なわ。唯、マスコミの表現の仕方と云うかタレントやアナウンサー連中の愛想笑いが腫れ物にでも触る様な感じに若干違和感を感じる。もっと自然体でコメント出来ないのかね?当然、局側の意向であるのは分かるが。こう云う感じでなきゃ右翼の街宣車が局前を包囲する事に腰が引けているのか知らないが・・・。

まぁ、エエかっこ云ってても。もしも、何かの手違いでオレが園遊会にでも呼ばれたら。おそらく口がカラカラになって口角の端に白いネリネリが出て。まともには喋れないだろうけどね。50周年おめでとう御座います。

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思考回路

いやはや・・・。今まで色んな曲者を相手にして生きて来たが、人間ってのは奥が深い。以前に飯島愛ちゃんの事を書いた時に、通りすがりの方のコメントに「分かった様なことを、、」と指摘されたが、全くもってその通り。人間なんて知ってる事より知らない事の方が何千倍もある事は重々承知の上だが。知識や実践で得た知恵、勘はオレの半径3m位にしかない事に気付かされる毎日。「こうすれば、こう動く」とか「この人は今、愉快なのか不愉快なのか」くらいは何となく理解出来て居る様にも思うのだが、所詮はその程度。人間の奥底に潜む各‘個‘の思考の奥底を理解する事なんて到底不可能だ。上辺の心理的な事は分かっても、潜在意識までは見えない。自分のことすら実際のところよく分からないのに他者の事を分かろうなんて所詮は宇宙の果てを見ようとしている事と同様であるとつくづく思い知る、今日この頃です。

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2009年4月 8日 (水)

ハリセンボンの結核騒動

先週末から大阪へ久し振りに帰って戻って来たら。ハリセンボンの歯の腐っている方の子が結核になったからって大騒ぎしてるけれど、なんで?相談センターまで作って電話が鳴りっぱなしとか?気になったら病院へ行ったらいいんじゃないのかね?タレントと一般人が結核になるのと一体どう違うのか。いくら結核が少なくなったって云っても何千人も結核患者は実在するし、オレの友人も昔結核になって、国から強制入院させられたよ。一般人が結核になったら、公共の交通機関も使うし町も歩くし会社へも行く。タレントだからってこんな大騒ぎすればまるで彼女はウンコちゃん扱いに等しいヨ。これが、退院しても他の結核患者のことを考えれば、そんなにネタにもならんやろし・・・。

それと、北朝鮮がミサイルを撃ったってこれも大騒ぎしてるけど、北朝鮮が今更こんな事したからって、そんなに騒ぐことかね?一応、人工衛星だと云い張ってるし昔よりお上品になったやん。それよりも日本の無様さをもっと糾弾せないかんよ。騒ぐだけ騒いで、「迎撃する!」とか大きな事云うて、この様はなんじゃ?みっともない。中川元財務大臣と同じ程世界中に恥さらして。WBCで頑張った日本が大無しやん。

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2009年4月 2日 (木)

介護について思うこと

昨年このブログで書いた南田洋子さんの認知症のドキュメントを長門裕之氏が放送させた事をオレは辛辣に批判した。他家のする事を赤の他人のオレが批判する事も如何なものかと、客観的に考えるとお門違いかも知れないが。

その南田洋子さんの病状がかなりよろしく無いとの報道を観て、改めて介護に関して考えさせられる。オレも少しだが他人の介護のマネ事をした事があるが、そのオレの姿を観て回りの連中が。凄い:偉い:誰にも真似は出来ないなどと褒めちぎってくれたが、そんな事はその状況:環境であれば人間ならば当たり前であり、オレだけが特別だとは爪の先程も感じていない。オレがそうしたいからしただけの話。それ以上でもそれ以下でも無い。むしろ、その本人が亡くなった後、どこかで「もっとしてあげる事がなかったのか?」と今でも自責が時折オレ内的感情の中に顔を出す度に少し胸が痛む。

それとは別に今、盲目の75歳の父親を引き取っているのだが、目が不自由なだけで身体はオレよりも断然、元気なのだが・・・。後5年で、80歳になる。そう考えるといつ痴呆の症状が出て来るかと頭を過る。しかし、「そうなったらどうしよう?」なんて考えても意味が無い。現実にそうなった時に考えればいいだけの話である。唯、「備えあらば憂いなし」で、そうなる前に事前に行政がどこまで関係してくれるのか?等の知識とだけは頭に入れて置く事はしておいた方がいいだろう。知識と心構えだけしっかりしておけば、後はその時に考えればいい。

だって、その時までオレが生きている保障なんてどこにも無いのだから。

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2009年4月 1日 (水)

千葉県新知事 森田健作

「俺は男だ!」の青春ドラマを子供の頃よく見た。その残像があったので嫌いじゃ無かったけれども。なんじゃ?あのはしゃぎようは・・。一言で云うと「暑苦しい奴っちゃなぁ」宮崎の東国原。大阪の橋下知事。この二人のキャラクターは実に対極でありながら、支持率やスタンスは酷似していて、良いバランスが取れている。そこに森健は自分の新キャラを作ろうと思っているんだろうけれども、オレにはどうも鼻につく。当選してから、明らかにマスコミに対しても、上目線でしかもそれがワザとらしくオーバーアクションに感じるんだけれども。皆さんはそう見えませんかね?

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2009年3月31日 (火)

かおる姫がいよいよビーチバレーに参戦

元全日本代表のかおる姫こと、菅山かおるちゃんがビーチバレーに本格参戦する。実はオレは全日本代表当時から、かおる姫の大ファンで昨年に引退してからは相当入れ込んで女子バレーに見入っていたのに、スッカリ関心を失くしてテレビでの試合も知らず知らずに観なくなっていた。オレは全日本代表。竹下佳江やかおる姫、高橋みゆき等の素晴らしい技術に興味を持って観ていたつもりが。結局はただのかおる姫フェチスケベオヤジだった事を思い知ったのだ。

しかし、ビーチバレーへのかおる姫参戦はオレに取って、ビッグニュースなのだが・・・・。そこには大変な難関がある。実はオレのパソコンの壁紙も携帯の待ち受けも「浅尾美和」なのだ・・・。この二人の対戦は避けられないと云うか、このマッチメークがこれからのビーチバレーの目玉。オレにとってこれは北朝鮮問題よりも世界同時大不況よりも自民:民主の政権交代よりも一大事だ。

Kaoruhime

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2009年3月30日 (月)

テポドン2いよいよ発射について

北朝鮮のテポドン2号発射がいよいよ現実味を帯びて来た。北朝鮮に対して韓国が強行姿勢を見せていたのが、発射間近になって腰が引け「迎撃には慎重に云々・・」と云い始めアメリカもなんとなく、迫力が無い。そこで我が国日本が珍しく強行姿勢を貫いている。まぁ、ジェスチャーだとは思うが、あんまり調子に乗ってると引くに引けんようになるよ。北朝鮮も日本の強硬姿勢は所詮ハッタリだと、たかを括っているだろうけれからここで一発、日本のド根性見せてやればいい。「窮鼠猫をかむ」破れかぶれでもいいから、「いつまでもなめてたら承知せんぞ!」と、云うところを見せてやれ。しかし、迎撃するはトンチンカンなところに飛んで行って。オウンゴールみたいにパトリオットが日本に墜落する様なドン臭い事だけは止めてくれよ。

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2009年3月28日 (土)

悩む

人それぞれひとつやふたつの悩みは抱えて生きている。それが大きいか小さいかは悩んで居る本人が決める事で、「そんな小さなことで悩みなさんな」と云えるのは所詮他人事だから。当事者にとってはその小さなことがとんでもない悩み事であって、人によってはそれで、失踪したり時には自殺したりする人も居る。それが唯の世間体であったり、失恋、お金。水虫であったりと。それぞれの悩みには当事者にしか分からない心の乱れが内在している。悩んで解決出来る事は、とことん悩めばいい。例えば、糖尿病を発症すればどう対処すればいいか?悩んで、相談して治療して・・・。ところが、信じて居た人に裏切られたからと云って悩んでいても、解決は出来ない。解決出来ない事をいくら悩んでも無意味なだけである。とかく人は悩む。他人にはどんなに小さなことであろうが、人は小事に拘る生きものであり地球温暖化や、中国のチベット問題なんかで真検に悩みはしない。思想家や発展途上国に暮らす人は別としても。又、世間体を気にするのを否定する人もあるが、人間はその世間で生きて居るのだから仕方無い。悩むことも大事だが、悩まないことも大事な事を覚えておいて下さい。

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2009年3月24日 (火)

藤原紀香と陣内智則のアホさ加減

ほんとの理由は知らんけど、こんな結末は誰しも想像してたでしょ?アホほど大きな結婚式して、おっかしげな弾き語りして。ジャラジャラと・・・。節操が無いと云うか品が無いと云うか、身の程知らずと云うか。別にオレが云う事でも無いけれども。暇なんで書いて見ました。

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辰吉のタイ第2戦のドキュメントを観て

先日、元WBCバンタム級チャンピオン辰吉丈一郎のタイでの第2戦のドキュメント放送を10分後くらいから観たが。誰の目から見ても、放送コードギリギリ状態の辰吉のその姿を観て驚愕したであろう。単にボクシングの実力が完全に劣化している事は勿論のこと、その言動や動きを見てもあきらかに普通じゃない。元々普通じゃ無いキャラである事は理解しているが、それでも「程」がある。親族、特に奥さんのるみさんはこのまま廃人になってもいいと覚悟しているのか?どんな職業でも人間「引き際」と云うものがある。日本のボクシング界に多大なる貢献をし彼のファイティングスピリッツは好き嫌いは別として認めざるを得ないけれども・・・。元ボクサーの池田タカオ氏などは、辰吉の我儘を止めるボクシング協会や帝拳ジムの批判をしているが、無責任極まりない。自分の価値観を押し付けてあたかも辰吉のこれからの人生が荒廃する事がボクサーの美学かの様な論調である。ジャイアンツの長嶋氏や世界の王氏又、イチローであっても。根本は唯の人間である事を忘れてはいけない。

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2009年3月23日 (月)

松村邦洋がTVに殺されかけた

東京マラソンでお笑いタレントの松村邦洋が急性心筋梗塞で一時心肺停止状態になった。ようするに「チョットの間死んで居たのだ」身長164cmで100kgを超す体重。入念にメディカルチェックはしたのか?TVの制作会社の実態は知っているが、人命に関わることにはもうチョット神経質にならないかんよ。だいたい制作会社もディレクターが何もかもADに任せきりで、又、このADにアホが多いんよね。松村クラスのタレントは仕事を選べないのだから・・・。

こんな危ない事故が起こっていて日刊スポーツには「松村事故の東京マラソンで快挙ギネス達成」って。一回死んでるのにせめて、もうチョットおいしく扱ってやれよ。メディアの皆さん!

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