先日、NHKで「裁判員制度がはじまる 今夜とことん考えます」と題された裁判員制度の模
擬裁判がかなりリアルな形で3時間に渡り放送された。15分遅れ位から最後まで観たが
本当に3日間をかけて、ひとつの模擬事件の判決を「死刑」「無期」かの議論を2人の元
裁判官と、裁判官制度に協力的な企業から無作為に6名が選出され、模擬事件の被告
等は役者さんを使い。かなり臨場感のあるものに仕上がっていた様に思う。
本番さながらの議論をし。その後、スタジオでその裁判員を務めた人達とその模様のVTR
を観た一般の素人や、現職の弁護士や元検事元裁判官を交えて「裁判官制度」そのもの
在り方を、又、裁判員そのもの心の葛藤などあまりクローズアップされていない部分まで
を引っぱり出し、横着をして辞退するしないと云った次元のものでは無く、実際に裁判員
になり、その「判決」量刑までも決めてしまった後の。プロセスと「結果」に対してその是非
を議論をする内容だ。
これを観て、俺の所感は先ず。たかだか3日間で法律を知らない無知な人間が「死刑」か
「無期」かと云う、究極の選択をする事に全くもって異論を感じる。
VTRの中で、「そろそろ、議論も2時間をこえましたので一度休憩に入りましょう」と裁判官
に促され、休憩に入る。2時間の会議なんて普通の会社でも町内会の寄り合いでも、話が
こじれると何でもない時間だ。橋下大阪府知事でも12時間以上、夜を徹して議論を尽くし
あってる。日本のいい加減な政治家でも夜なべは珍しい事では無い。明確な答えのある
事案であっても、色んな私利私欲が交錯していればそれぐらいの話合いは当たり前であ
る。
それを、2時間で休憩、暫くして再開、そして明日に持ち越し。そうこうしている間に判決の
日が来る、たった3日で・・。
そして、多数決結果6人の裁判員は2人が「無期」4人が「死刑」で判決は「死刑」となり、
舞台は、模擬裁判所に移り裁判員が見守る中、主文の死刑が言い渡される。
その中で気になったのは、俺が通常の裁判でも最も嫌いな言葉が出た。
「そろそろ、時間もありませんので」
時間?時間がたりなかったら、もっと費やせばいい。それが例えどんな小さな事件であっ
ても、そこに違和感が残るのであらば、違和感が排除されるまで、時間を費やすべきであ
る。人間ひとりを裁くのであれば徹底的に議論を尽くせ!だから冤罪が無くならない事が
分からないのか?
確かに、裁判の迅速化であったり効率など事情は在るだろうが、そんな事は無罪を主張
している者には知ったこっちゃ無い。事情があるならそこに税金を使って、何等かの手当
をすればいい。人間の人生を人間が勝手な都合や主観に基づいて決められるなんて事
はあってはならない!
話を戻すが、死刑判決を主張した裁判員の女性が、「死刑」の理由を云った後に。
「申し訳ないとは思いますが・・」と、付け加えた。又、もう1人は「可哀想ですが・・・」
申し訳ないと云うのは、「悪い」と云う意識の現れなのじゃ無いのか?少しでも申し訳無い
と、感じるのならば、それは情状を感じているからでは無いのか?ならば何故「無期」じゃ
無いのか?被疑者に一片の情状の欠片も感じないから極刑と云う理屈では無いのか?
又、後者の「可哀想ですが・・・」これも、可哀そうと云う感情は汲むべき酌量を感じるから
では無いのか?
こんな、形で死刑判決を受けるのであらば、これは「見せしめ」以外の何ものでも無くなっ
てしまう。
池田小事件の宅間や秋葉原の加藤。古くは大久保清に「申し訳ない」と云う感情が湧くと
でも云うのか?
こんな理不尽な事ならばいっそ、
「何の罪も無い人間を、あらかじめ凶器を持ち込んで1人でも殺害した者は、死刑」
と、云う法律に改正する方がずっと効率的であり、それが叶わなければ「終身刑」を早急
に作るべきである。
下らん、正義感を持つボンクラに人の生き死にを決められた日にゃたまらんで!
湧伊駿介のWEB
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