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2009年4月

2009年4月29日 (水)

絶対に勝てないもの

昨日、1年ぶりに行った検査の結果を聞きにひとりで病院へ行って来ました。予約なしの受診だったので、相当な混雑を予測して本を2冊持って出かけたのだが、予想通りの満員御礼で「2時間は覚悟せないかんな・・・」と思いながら、本を出して10P程読んだところで、斜め前に座っていた元気なおじいさん同士の会話が耳に入って来た。この2人の老人は何やら、たまたま隣り合わせに座った初対面の様子で、先ず「大変失礼な事をお伺いしますが何年生まれですか?」「私は大正13年です」ん・・。大正13年と云うことは、御年85歳だ。肌艶からみてもとてもそんなお年には見えない。「でしたら、戦地には?」「ああ、行きましたよ」「内地ですか?外地ですか?」「私はですね、北朝鮮の平壌あたりをウロウロとしていましたよ、ソ連が侵攻してきてからですね」と、笑いながら云う。そこから意気投合したのか。戦争談義に花が咲き出し、ガダルカナル島やらB29にグラマン戦闘機や中島飛行隊。鉄砲の弾にあたるよりも、喉の渇きに苦労し我慢出来ずに雨水を飲んで、チフスにかかり多くの戦友を亡くしたなどと、聞き覚えのある言葉の応酬に、オレはずっと聞きいっていた。

ごく普通のおじいちゃんが現代文明と融合し、ゆっくり老後を満喫していそうな風体ではあっても、本物同士の戦争体験談は、ただの雑談であれども書物のそれを十分に超越している。涙ぐみながらでも無く、恨み節でもなく自慢でも無い。病院の待ち合わせ室での退屈しのぎでの、雑談である。「終戦の8月15日の半年前に伊豆に移動になり、グラマン戦闘機が水面ギリギリのところからやって来て、機銃弾を連射された時にはさすがに驚いて私はなんとか助かったけれどもその時が一番多くの戦友が目の前でやられちゃいましたですよ」「だから私はかかさず靖国神社に参拝して亡くなった戦友達に手を合わせて居ますよ」

そんな話の途中に、お一人の方が診察室に呼ばれ話は終わった。その後、何事も無かったかの様に、気の強そうなこれまたお元気な奥さんと合流した時は、普通のおじいちゃんに戻って居た。

こんな体験をサラっと雑談の中で懐かしそうに話せるのは、命の危険に晒され続け極限の体験を達観しているからこそなんだろう。オレ如きの武勇伝など、この人達にとっては幼稚園のかけっこで転んで膝を擦り剥いた程度のものでしかない事を痛感すると共に恥ずかしさすら覚えた。それが、どこにでもある、病院の待合室での風景のひとコマだった。

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2009年4月24日 (金)

小室哲哉氏に求刑5年に執行猶予判決はあるか?

とうとう、被害者との示談は取れずに結審し、検察側求刑が5年となった。執行猶予判決の上限が懲役3年執行猶予5年。と、云う事を鑑見ると実刑3年6月程度に傾いて来た様な気配だ。通例として、情状酌量の余地が無い場合「にぎり」と云って、求刑通りの判決が出たり。又、実刑であると求刑の8割。(今回の場合懲役4年)で、比較的高い量刑と云われる。求刑の7割(懲役3年6月)であると、喜ばなければならないとされている。今回、猶予判決を取るには求刑の6割まで、酌量して貰わなければならないが。6割迄酌量する場合には、その代わりに実刑判決になるケースが多い。この求刑から猶予判決を取るとすれば、求刑に対して、実質4割~5割の酌量が必要になる。例えて云うならば、求刑20年に対して判決が10年とか8年にまで酌量される事と同じで、そう云う観点から想像すると、実刑止む無しか・・・。

情状面で云うと

①犯行を認め反省している②被害弁償をしている③釈放後の受け皿が、KEIKO夫人やエーベックスの松浦社長がバックアップを法廷で約束している。④ファンや音楽関係者からの嘆願書が出ている。

ここだけを見ると、執行猶予判決でもいいんじゃ?とは思うが。いかんせん法廷戦術の中で執行猶予判決を獲得する為にだけなのが丸見えになってしまっている事が、せっかくの酌量余地に水を差しているかも知れない。

5億もの詐欺を働き、又、それ以外に18億の詐取計画があった事も露呈して、被害弁償をすれば、執行猶予判決が貰えるのかが焦点になって来るだろう。裁判官が小室氏を促して、法廷で初めて被害者に謝らせた事で、「優しい裁判官」の様に映るだろうが。こう云った裁判官ほど、厳しい判決を出すことは法曹界では密かに囁かれている周知の事実でもある。1審で実刑でも時間をかけて控訴審で被害者から示談を取って、嘆願書でも入れて貰えばひっくり返る可能性も捨てきれないがね。

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2009年4月23日 (木)

草彅剛 Ⅱ

今日の昼過ぎ。SMAPの草彅剛くんが酔って裸で騒いだと云うニュースに、逮捕された事だけでも驚いて居て、夕方には釈放されると思っていた。で、用事が終わって帰って来てTVを見ると草彅くんの自宅に迄「ガサ」を入れて、結果押収物は無し。で、今日も勾留されるってなんじゃそりゃ。チョットやり過ぎでしょ?いったい何をしたと云うのか。その昔、プロ野球選手が幼児の前で、チンコを見せて捕まった事件があったがそんな事件と全く持って性質が違う。普通なら、泥酔者専用の留置所内の通称「トラ箱」へ一晩泊めて翌日釈放が通例である。「裸になって何が悪い」と云って、パトカーに乗せられる時に足をバタバタさせただけで、公務執行妨害にもなっていないのに、全くもってこの騒ぎの意味が分からん。赤井英和さんなんか、酔ったらスナックのカウンターの上でウンコするらしいのに、そんな事から考えると酔って真っ暗な公園で大声を出した程度なんか、チンコ事件やウンコ事件とは比較にもならない。

ジャニーズ事務所の経営陣交代計画にSMAPの存在が邪魔にでもなったのか?と、何かの策略かと思いたくなるほどの大騒ぎである。

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草彅くん

もう堪忍したりや・・・。充分、社会的制裁は受けてるがな。鳩山大臣が「絶対許さん」って云ってたが、政治家がそれ云うなよ。

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清水由貴子さんの自殺について思う事

「元タレントの清水由貴子さんが自殺」の新聞報道やワイドショーを最初見た時に然程、驚きはしなかった。清水由貴子さんはデビュー当時から知っているが、あまり興味がなかったのと、近年の「自殺」と云う社会現象化している日本の環境やオレ個人の知人:友人:親族の自死を何十人と見て来て、それを身体で感じて来た免疫がある種の「慣れ」の様なものが知らないうちにオレの潜在意識の中に植えつて居るのかも知れない。

「死」それも自らそれを実行するには、とてつもないエネルギーを要するであろう。そこには、自身の「生」に対する歴史への未練や、死後への「恐怖」。死に至るまでの「苦しみ、痛み」を全て受け入れなければならない。自死を受容し実行する時に、果たして正常な精神状態で出来るのだろうか?オレも自殺願望の様なものは今も払拭出来ていないが、ギリギリ客観的な自分がどこかで冷静に見て居るから、こんな事を平気で書けるのだろう。本気の人間はこんな事は公表しない。「死んでやる!」と云って死んだ奴はあまり記憶にないし。「殺すぞ!」と云って、殺した奴もあまり知らない。本気の奴は死ぬも殺すも黙ってその行為に及ぶ。

いずれにせよ、そんなエネルーギーを越えた苦しみがあったのだろう。「生と死」どちらが楽か?究極の二択に死の方を選択したことには、それはそれで仕方無いんじゃないだろうか?それとも死よりも苦しいことを続けて行くことに対して何か良策や援助があるのだろうか?同情や説教は何の意味も無い。それよりも介護の本当の現実を長門夫妻の様な美談で片付けて欲しくは無い。

ご冥福をお祈り致します。

合掌

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2009年4月22日 (水)

和歌山ヒ素混入事件林真須美判決に思うこと

ひょっとすれば、無罪判決が出るかも。と、思いながら関心を持ってこの判決を待っていた。結果、判決は死刑。まぁ、当然と云えば当然だろうけど何かこうしっくり来ない。動機が解明されていないとか、状況証拠だけだからと云うそんな事はどうでもいい。動機なんてその本人しか分からないし、本当のところ本人自身も「これっ」て云う原因は特段無いのかも知れないいわゆる愉快犯で片付ければいいだろう。こんなアホな事をする奴の動機や原因なんて分かったところで到底理解なんて出来ないし。下手に分かれば余計に被害者感情を逆なでするだけである。

ここまでは、オレ自身も林真須美が実行犯で間違い無いだろう。とマスコミ報道等で刷り込まれた主観である。

唯、司法の判断はあくまで裁判所側の理屈であり、それが絶対的である現行法と絶対では無い現実との矛盾の中でこれから先、裁判員制度が出来たとて、この矛盾を払拭出来るとは到底考え難い。この林真須美被告の例で行くと、99.999%犯人であると云う観点から死刑判決が出ている。100%では無い。だって本人が「やって無い」って云っているだけでも100%では無い。後、ヒ素に関しても「ほぼ同一」あくまで、「ほぼ」である。しかるに、林真須美被告は「ほぼ犯人」なのだ。「ほぼ:概ね:おそらく」の類で死刑は如何なものか・・・?今回の事件は死者が4人も出ている事と状況証拠が膨大であった事から、「無罪」を言い渡すのは相当なエネルギーが必要なのはわかるが・・・。

マスコミも被害者感情を考慮して、この判決の矛盾点に関しては判決前よりもかなりトーンダウンしている事は一目瞭然。しかし客観的にみるならばこの判決は「無罪」とするべきだと思う。世の中には恐ろしい程の偶然が存在する事と、近所の嫌われ者だった林真須美被告に対する目撃者の色メガネにどこまで信憑性があるのか?もしも99・999%の中の1%に該当する可能性を置き去りにしたまま。死刑が執行された後に万が一真犯人が出てくれば、誰がどう責任を取るのか?死刑判決を出した裁判官に刑事責任を負わせるぐらいの法整備をしないと、今度は林真須美被告の遺族や死刑廃止論者達の反撃は死刑廃止に迄進んで行くかもヨ。

因みにこう云った問題はいつ自分に振りかかって来るかも知れない事を決して忘れてはいけない。その昔、連続強姦魔が近所で続発した時の犯人の似顔絵がオレの友達そっくりだった事で、警察に何度も任意同行されて暫く尾行されていた事を思い出すと、ぞっとするよ。

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2009年4月20日 (月)

北野誠の芸能界追放について思うこと

北野誠が芸能界を事実上追放された原因について、あれこれと噂が飛び交っている。やれ宗教団体の圧力やら、大手芸能事務所の事を暴露したとか。そんな事よりオレは何故、北野誠と云うタレントが今迄、消えずにいたかの方が不思議でならない。これと云って面白い事を云うわけでも無く。物知り顔で政治経済を語っている時にも新聞記事をそのまま言葉に変えているだけで、オレは彼の云うコメントに一度も「ほ~そう云う見方もあるか・・」と感じた記憶が無い。面白い事も斬新な事も云えないから、深夜のラジオあたりで他人のプライバシーを暴露するしか能が無く。結果、調子に乗り過ぎて誰かの逆鱗に触れたのであろう。己の身の丈に合ったところで仕事をしなきゃ、複雑なこの社会構造の中では生きられない。「言論の自由」なんて事は、唯の憲法の一文でしかなく。現実にいらん事を云うと名誉棄損なんて矛盾した法律も有る。当然、「暗黙の圧力」もそこら辺にゴロゴロしている事もメディアで生きているなら分かりそうなものだがね。何を云っても許されるのは立川談志ぐらいのもので、談志師匠でもテレビやラジオでは「ピー」がちゃんと入るし、危ないからTVもあまり使わない。北野誠の場合は中途半端だからスタッフも気を抜いてOAに乗せたのであろう。

いずれにせよ彼の今後がどうなろうが、オレの人生には一切関係無いのでどうでもエエワ。

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2009年4月15日 (水)

痴漢冤罪事件に最高裁が無罪判決

痴漢冤罪事件で1審で実刑1年2ヶ月控訴審でも1審判決を支持し控訴棄却。無理を承知で上告し、最高裁で逆転無罪判決が出た。普通一般的には最高裁が判決を翻す場合、1審に差し戻して審理のやり直しを命じるのが多い中。最高裁判所の裁判官自ら、無罪判決を言い渡した。刑事事件のそれも「痴漢冤罪事件」での逆転無罪はオレの記憶だけの中なら始めてじゃないかな?(チョット調べりゃ分かるのだがね・・・)

実は4~5年前に頼まれて「痴漢冤罪事件」を6人の弁護団と一緒に戦った事がある。詳細は長いので省略するが、映画の「それでも僕はやっていない」の上映前だったが、この映画と同じで、ビックリする程の茶番裁判。オレは控訴審から関わったのだが、新証拠は一応、体裁で採用してくれるのだが、検察官は何の書類も持たずに目を瞑って下を向いたまま。向かって右側の裁判官はお決まりの居眠り。弁護士が代わり代わりに、最終弁論をするが、3人目くらいの弁護士が話出すと裁判長が「その話長いですか?」「時間が無いので簡略に」被告の尊厳と名誉。もっと云うと人生がかかっていることの認識が全く無い。まるで「何を云っても判決は決まっているのだから」と、云わんばかりの態度。関わって検証しているオレ達が100%無罪だと確信しているし絶対に有罪とは云わせない証拠も揃っているにも関わらず・・・。結果、判決は書くまでも無いだろう。

この「痴漢冤罪事件」が社会問題化している事と、裁判員制度を睨んでの画期的な判決だろうが、勇気のある裁判官に拍手を送りたい。

しかし・・・。この被害者と称する女性は、無罪判決になれば損害賠償請求はされないのかね?後、名誉棄損とか・・・。その辺の法律はよく知らないが、もしもそんな逆襲が出来るのであれば、本当の変態と出くわした場合どうすればいいのか?まだまだ、難しい問題が残る。

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2009年4月14日 (火)

井岡一翔 国重隆 小松則幸 明と暗

土:日:月曜日とボクシング漬けの3日間だった。土曜日から大阪に入り。昨年もこのブログで紹介した井岡一翔のデビュー戦を観戦。デビュー戦でメインを張り会場は1万人収容の大阪府立体育館の第一競技場。ボクシング界では注目の新星だが、正直第一競技場はチョット井岡氏も無茶じゃないかな?って思ったが、概ね7~8割が埋まった。いくらアマチュアで100戦以上して8冠の実績を持っていても、控え室では若干の緊張が伺えたがゴングが鳴るといつもの一翔の華麗なボクシング。3R28秒で左フック一閃。後は連打で青コーナーからタオルが投げられるのと同時にレフェリーが割って入ってTKO勝ち。相手選手は目の上11針を縫う怪我。

打ち上げに同行してホテルに戻ったのが午前3時半。二日酔いのまま新幹線に乗り一路東京へ戻りそのまま、大阪帝拳ジムの国重隆選手の日本タイトル戦を観戦の為に後楽園ホールへ入ると亀田大毅VSグリーンツダジムの小松則幸選手の対戦ポスターに目が止まり。「へ~亀田と小松がやるんや・・」そんな事を思いながら控え室に寄ってから会場へ入ったらこちらも立ち見が出るほどの超満員。こちらは、なんだかバッティングとクリンチばかりで些かストレスの残る内容。結果日本チャンピオン嘉陽選手の負傷で8Rドクターストップ判定へ。おかしげなドロー判定で、嘉陽選手の防衛。そのまま国重選手の控え室へ行くと。なんだか雰囲気がおかしい。さっき観たばかりのポスターの小松則幸選手が亀田との試合に向け精神修行の為に滝に打たれに入ったところで、そのまま川に飲まれて亡くなったらしい。一同が一瞬、言葉を失いその現実を直ぐには受け入れられないなんとも云えない雰囲気の中、時間と共にどうする事も出来ない現実を受け入れだした。

滝には魔物が住むとも云う。小松選手の行動が安易だったと片付けるのは簡単だが、いずれにせよ目の前の目的に向かって、頑張った代償にしては少し大きすぎた。オカルトチックに云うならば、その魔物かお化けか知らないけれどもそれに引っ張られたのか。はたまた運命に従ったのか・・?「運命」と片付ける方が関係者にとっては楽チンなのだろうが。オレは小松選手と直接話した事はないが、命の儚さに悲哀を感じると共に3日間ボクシング関係者と共に過ごして居た事もあって、勝者と敗者の明と暗がこんなにも大きく感じたのは初めての経験であった。

小松則幸選手の冥福を心からお祈り致します。

合掌

168811_c185 生前の小松則幸選手とスパーリングする一翔

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2009年4月10日 (金)

分かっていること・・

世の中は不条理なもので理不尽極まり無く無常であることは、言葉と理屈では十分理解している。このことをこのブログの中で何度も書いてきたし又、他者にもそう云い続けて来た。かと云ってそれを全て受け入れてどんな仕打ちにも耐えれるのか?と問われれば、NOである。しかし受け入れなければならない現実が感情の中で、のた打ち回り。自分ひとりの力では抑えきれない。他人事なのに何故ここまで苛立つのか?苛立っている時点でもう他人事では無く、己の感情を満足させたいだけなのだろう。だらしないエゴにしか過ぎない。分かってはいることだが、頭と感情のバランスが狂っているようだ。しまいにはこの怒りを共感してくれない人間にすら苛立ってしまっている愚かな己をこれを書く事によって、解放しようとしているレベルの低さをどこかの己が嘲笑う。久し振りに身体中の血がてっぺんに登ってしまった今週だった。

湧伊駿介

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天皇皇后両陛下成婚50周年を観て

上品夫婦世界選手権があるとしたら、間違いなしに天皇皇后両陛下が優勝でしょう。まぁ、上品なわ。唯、マスコミの表現の仕方と云うかタレントやアナウンサー連中の愛想笑いが腫れ物にでも触る様な感じに若干違和感を感じる。もっと自然体でコメント出来ないのかね?当然、局側の意向であるのは分かるが。こう云う感じでなきゃ右翼の街宣車が局前を包囲する事に腰が引けているのか知らないが・・・。

まぁ、エエかっこ云ってても。もしも、何かの手違いでオレが園遊会にでも呼ばれたら。おそらく口がカラカラになって口角の端に白いネリネリが出て。まともには喋れないだろうけどね。50周年おめでとう御座います。

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思考回路

いやはや・・・。今まで色んな曲者を相手にして生きて来たが、人間ってのは奥が深い。以前に飯島愛ちゃんの事を書いた時に、通りすがりの方のコメントに「分かった様なことを、、」と指摘されたが、全くもってその通り。人間なんて知ってる事より知らない事の方が何千倍もある事は重々承知の上だが。知識や実践で得た知恵、勘はオレの半径3m位にしかない事に気付かされる毎日。「こうすれば、こう動く」とか「この人は今、愉快なのか不愉快なのか」くらいは何となく理解出来て居る様にも思うのだが、所詮はその程度。人間の奥底に潜む各‘個‘の思考の奥底を理解する事なんて到底不可能だ。上辺の心理的な事は分かっても、潜在意識までは見えない。自分のことすら実際のところよく分からないのに他者の事を分かろうなんて所詮は宇宙の果てを見ようとしている事と同様であるとつくづく思い知る、今日この頃です。

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2009年4月 8日 (水)

ハリセンボンの結核騒動

先週末から大阪へ久し振りに帰って戻って来たら。ハリセンボンの歯の腐っている方の子が結核になったからって大騒ぎしてるけれど、なんで?相談センターまで作って電話が鳴りっぱなしとか?気になったら病院へ行ったらいいんじゃないのかね?タレントと一般人が結核になるのと一体どう違うのか。いくら結核が少なくなったって云っても何千人も結核患者は実在するし、オレの友人も昔結核になって、国から強制入院させられたよ。一般人が結核になったら、公共の交通機関も使うし町も歩くし会社へも行く。タレントだからってこんな大騒ぎすればまるで彼女はウンコちゃん扱いに等しいヨ。これが、退院しても他の結核患者のことを考えれば、そんなにネタにもならんやろし・・・。

それと、北朝鮮がミサイルを撃ったってこれも大騒ぎしてるけど、北朝鮮が今更こんな事したからって、そんなに騒ぐことかね?一応、人工衛星だと云い張ってるし昔よりお上品になったやん。それよりも日本の無様さをもっと糾弾せないかんよ。騒ぐだけ騒いで、「迎撃する!」とか大きな事云うて、この様はなんじゃ?みっともない。中川元財務大臣と同じ程世界中に恥さらして。WBCで頑張った日本が大無しやん。

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2009年4月 2日 (木)

介護について思うこと

昨年このブログで書いた南田洋子さんの認知症のドキュメントを長門裕之氏が放送させた事をオレは辛辣に批判した。他家のする事を赤の他人のオレが批判する事も如何なものかと、客観的に考えるとお門違いかも知れないが。

その南田洋子さんの病状がかなりよろしく無いとの報道を観て、改めて介護に関して考えさせられる。オレも少しだが他人の介護のマネ事をした事があるが、そのオレの姿を観て回りの連中が。凄い:偉い:誰にも真似は出来ないなどと褒めちぎってくれたが、そんな事はその状況:環境であれば人間ならば当たり前であり、オレだけが特別だとは爪の先程も感じていない。オレがそうしたいからしただけの話。それ以上でもそれ以下でも無い。むしろ、その本人が亡くなった後、どこかで「もっとしてあげる事がなかったのか?」と今でも自責が時折オレ内的感情の中に顔を出す度に少し胸が痛む。

それとは別に今、盲目の75歳の父親を引き取っているのだが、目が不自由なだけで身体はオレよりも断然、元気なのだが・・・。後5年で、80歳になる。そう考えるといつ痴呆の症状が出て来るかと頭を過る。しかし、「そうなったらどうしよう?」なんて考えても意味が無い。現実にそうなった時に考えればいいだけの話である。唯、「備えあらば憂いなし」で、そうなる前に事前に行政がどこまで関係してくれるのか?等の知識とだけは頭に入れて置く事はしておいた方がいいだろう。知識と心構えだけしっかりしておけば、後はその時に考えればいい。

だって、その時までオレが生きている保障なんてどこにも無いのだから。

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2009年4月 1日 (水)

千葉県新知事 森田健作

「俺は男だ!」の青春ドラマを子供の頃よく見た。その残像があったので嫌いじゃ無かったけれども。なんじゃ?あのはしゃぎようは・・。一言で云うと「暑苦しい奴っちゃなぁ」宮崎の東国原。大阪の橋下知事。この二人のキャラクターは実に対極でありながら、支持率やスタンスは酷似していて、良いバランスが取れている。そこに森健は自分の新キャラを作ろうと思っているんだろうけれども、オレにはどうも鼻につく。当選してから、明らかにマスコミに対しても、上目線でしかもそれがワザとらしくオーバーアクションに感じるんだけれども。皆さんはそう見えませんかね?

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