余命一ヶ月の花嫁
映画「余命一ヶ月の花嫁」の上映に向けてTVスポットで番宣を観た時に、正直「ありきたりなお涙頂戴か」と、気にも止めていなかった。しかし、今日朝から「サンデージャポン」で、番宣を兼ねてこの映画のモデルになった本人や家族のドキュメントが編集されているのを観て色々と考えさせられた。
人はいずれ死ぬ。普遍的万物の法則である「死にゆく者」「残された者」の関係はそれぞれ、その時の環境と状況で大きく違いはあるものの。この映画の様に余りにも若すぎ、眼前の幸せと現状の不幸。女性に取って一度は誰もが夢見るウエディングドレスを纏う最愛の人との結婚。一方は約束された「死」
「残される者」の辛さは「告知」を避けた。当然であろう。生きたいと願う者に告知する意味はどこにも無い。それが「残される者」の使命であろう。「告知」に関しては、賛否両論様々な意見があるだろう。しかしそれは一つ間違えればとんでもない事になる。オレの様な人間は絶対に告知して欲しいのだが、根本的にこの物語の方達とは品質が違う。
何も無い時に、「もしも、余命宣告があった場合どっちがいい?」と、元気なうちにそれとなく聞いて置くことも大事な事ですよ。
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