映画・テレビ

2009年5月10日 (日)

余命一ヶ月の花嫁

映画「余命一ヶ月の花嫁」の上映に向けてTVスポットで番宣を観た時に、正直「ありきたりなお涙頂戴か」と、気にも止めていなかった。しかし、今日朝から「サンデージャポン」で、番宣を兼ねてこの映画のモデルになった本人や家族のドキュメントが編集されているのを観て色々と考えさせられた。

人はいずれ死ぬ。普遍的万物の法則である「死にゆく者」「残された者」の関係はそれぞれ、その時の環境と状況で大きく違いはあるものの。この映画の様に余りにも若すぎ、眼前の幸せと現状の不幸。女性に取って一度は誰もが夢見るウエディングドレスを纏う最愛の人との結婚。一方は約束された「死」

「残される者」の辛さは「告知」を避けた。当然であろう。生きたいと願う者に告知する意味はどこにも無い。それが「残される者」の使命であろう。「告知」に関しては、賛否両論様々な意見があるだろう。しかしそれは一つ間違えればとんでもない事になる。オレの様な人間は絶対に告知して欲しいのだが、根本的にこの物語の方達とは品質が違う。

何も無い時に、「もしも、余命宣告があった場合どっちがいい?」と、元気なうちにそれとなく聞いて置くことも大事な事ですよ。

湧伊駿介のWEB

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月24日 (火)

納棺師「おくりびと」が米アカデミー賞外外国語映画部門でオスカー賞受賞

最近なにかと、日本人が世界を舞台に快挙を成している。映画では北野武監督が絶大なる人気を博し、アニメ界では宮崎駿作品やドラゴンボールなども凄い人気だとか。昨年のノーベル物理学賞では日本人4名が総なめ。村上春樹氏がイスラエル最高の文学賞「エルサレム賞」を獲得。

そんな中、今度は、滝田洋二郎監督、主演 本木雅弘 助演広末涼子の「おくりびと」がアカデミー賞に輝き。その影に隠れて少し存在感は薄くなってしまったが、加藤久仁生監督の「つみきのいえ」短編アニメの部でこれもまたアカデミー賞を獲得。ここまでくると、日本人を評価する裏に何かアメリカの政治的策略でもあるのかと、疑いたくなる。まぁ、あまりひねくれた物の考え方は取り敢えずやめておいて、素直に日本文化の素晴らしさを世界が評価した事に同じ日本人として誇りに思う様にしておきましょう。

特に「おくりびと」に関しては、昨年の9月に弟の様な存在だった男の最期を看取り、しかも延命器具を外すタイミングまでも他人のオレが決断した事への拭いきれない自責に襲われながら死に化粧まで手伝った直後の映画だったので、オレ個人はこの作品に対しての思い入れは大きかった。生と死の境界線。命の尊厳と儚さへのセレモニーの裏側にもうひとつの隠れた感情。死者=遺体が不浄なものであるかの人間の奥底にあるタブーな概念に小さな風穴を開けた作品であった様に思う。それは日本人だけのものでは無く人間そのものの本音の中に普遍的に宿る厭らしさが世界で共感されたのかも知れない。

そんな日本文化が世界で認知されている片方では酒癖の悪いチンピラみたいな事をしている日本国政府代表団の下品さが世界中に配信されるやらで、本当にチグハグな国ですな我が国は。

湧伊駿介のWEB

| | コメント (0) | トラックバック (0)